宮地さんと俺は、高校時代の部活の先輩後輩の関係にあたる。その日は久しぶりにふたりで母校である秀徳高校を訪ね、練習中のバスケ部に顔を出した。始めは顧問の中谷先生と話をしたり練習風景を眺めたりしていたが、見ていると実際に動きたくなってしまうのは当然のことで。卒業してから部活のメンバーが集まってバスケをすることもあったが、現役のスタメンに敵うはずもなく、しばらくゲームをすると宮地さんも俺も体育館に汗だくで寝そべっていた。

「うえー…もー限界!」
「やっぱなまってんな」
「つーか宮地さんミス多い…」
「ああ?お前こそさっきのパス…」
「喧嘩する元気があるなら外周行って来い」
「……」

卒業したものの顧問に頭が上がらないのは当時から変わらず、俺たちは互いを不満げに見ながら口を閉じた。
疲れはしたが久しぶりにバスケをしたことですっきりして、先生に挨拶をしてから学校を出て最寄りの駅へ向かった。高校時代のほとんどの日を真っ暗になってから歩いた道を、まだ日が高い時間にふたりで歩いている。違和を感じながらも当然のことなのだと納得して、少しだけ変わった通学路を眺めた。

「あれ?」

駅に着いてパスケースを出す宮地さんの横で鞄を漁りながら声を上げる。次いで少し待ってほしいと伝え、鞄の中に手を突っ込んでパスケースを探すフリをした。隣で宮地さんが呆れたというような表情でこっちを見ているのが想像できた。
数秒後に失くしてもいないパスケースを掴んで、すみませんと笑いながら宮地さんに謝り、改札を抜けた。

「じゃあな」
「はーい」

大学生になってからひとり暮らしを始めた宮地さんと、未だ実家暮らしの俺は使う路線が違い、改札を抜けるとすぐに別れてしまう。背を向けて歩いて行く宮地さんを見送って、ホームへ続くエスカレーターに足を向けた。

(バレてんのかな…)

帰宅ラッシュ前の人がまばらなホームで電車を待ちながらため息を吐く。隣に並んでいた人がちらりとこちらを見た。こうやって隣に並んでいるのが宮地さんならいいのに。
我ながら女々しいことをしていると思う。就活や卒論で忙しい宮地さんをそう頻繁に誘うのは気が引けて、最近はデートの回数も前よりもずっと減った。たまに出かけると少しでも長く一緒にいたくて、でも引き留めるのもやっぱり気が引けて。

(あんなことで時間稼ぐなっつーの)

自分で自分に言い聞かせるのももう何度目か。それでもやっぱり、少しでも長く一緒にいたい気持ちは変わらないのだからどうしようもない。

それから数か月。街はすっかり冬色に染まり、マフラーに顔を埋めながら宮地さんの住む部屋まで少し早歩きで向かっていた。早く宮地さんに会いたいのと、早く寒さから解放されたい気持ちが8対2くらい。そんなことを口にしたら怒るだろうか。それとも呆れるのだろうか。それさえ楽しいなんて、重症だ。

「みーやじさん!」
「おー、久しぶり、高尾」
「ほんと久しぶりっすねー」

宮地さんの部屋に入ると、前来た時にはまだ出していなかった炬燵があり、寒さに弱っていた身体はその温もりに喜んだ。寒い寒い連呼した俺に、あっついコーヒーを淹れてくれるという宮地さんを待っている間、冷え切った指先を炬燵の中で温めながらふと開きっぱなしのノートパソコンの画面が目に入った。
表示されているのはよく目にしていたワード画面でも、宮地さんの推しメンのオフィシャルサイトでもなく、賃貸の情報サイトだった。

「おまたせ」
「あざっす………宮地さん引っ越すんですか?」
「あ?…ああ、ここからだと会社まで時間かかるしな」
「ふうん…」

春から社会人になる宮地さん。今よりもっと忙しくなって、また会える時間も減るんだろう。そんなのは嫌だと駄々をこねたらどうなるのだろう。そんな自分はみっともなくてしようとも思わないが、寂しいのは事実だ。

「…お前なんか勘違いしてんだろ」
「え?」

マグカップに落としていた視線をあげると宮地さんが、よく見ろ、とパソコンの画面を指さした。言われるまま画面に表示されている検索結果を見ると、1LDKや2DKの物件ばかりだった。

「…宮地さんひとりにしては広くないっすか」
「いつ俺ひとりで住むっつったんだよ轢くぞ」
「理不尽!」
「お前が勘違いしてるからだろ」

勘違い?と首を傾げたが、残念ながらそこまで頭の回転が悪くないせいでひとつの仮定にたどり着いた。たどり着いたが、いや、まさか、そんな、と期待し始める心を抑えつけた。

「会社とお前の大学、同じ路線だったし。お前もひとり暮らししてみたいって言ってただろ」

まあ、ひとりじゃないけどな。
ひとり暮らしよりも数倍、いや、もう比較できないくらい嬉しい提案に、情けないが反応できなくなった。宮地さんはそんな俺を睨みつけた。

「拒否ったらぶっ殺す」

むしろ嬉しくて泣きそうだなんてかっこ悪くて言えやしない。春からは改札で寂しくなることも、長く会えなくなることもないのだ。毎日同じ家に帰って同じご飯を食べて同じ部屋で寝る。お互い休みの日にはストバスに行ったりして。

「……宮地さん」
「あ?」
「幸せで泣きそう」
「…あっそ」
一緒に暮らそう