高校2年の夏休み。その日はいつもと変わらず朝から部活に行き、いつものように練習をしていた。本当になんでもない普通の日だった。
休憩になり、外の水道で頭から水をかぶり汗を流していると後ろから声を掛けられて、一瞬身体が固まった。その声には聞き覚えがありすぎて。でもすぐに返事をするには困る人だった。
なんせ俺は、この人にコクハクってやつをした身だ。

「シカトか。轢くぞ」
「変わんないっスねー…宮地さん」

タオルで頭をふきながら振り返る。金色の髪が太陽の光を浴びて光る。その姿を1年前の夏、綺麗だと思って眺めていた自分を思い出す。

「今日はどうしたんスか?」
「なんとなく来ただけ」
「ちょ、手ぶらって…差し入れは?」
「ふざけんな」

大丈夫だ、上手く笑えてる。そもそも気にしてるのは自分だけで、宮地さんはもうあのことなんて忘れてるんだろう。それはそれで悲しいが。
1年前の夏、冗談で終わらせた思いは実ることはなく、俺の中で燻り続けていく。はずだった。

「お前さー」
「うん?」
「俺のこと好きだろ」
「………は?」

じっ、と睨まれるに近い視線を真っ直ぐに受け、じわりと熱が身体中に広がる。
なんのつもりだ。突然。今更だろ。
わりと回転が早いと自負している思考は今日ばかりは暑さにやられたのか返す言葉もうかんではこない。

「は?じゃねえよ。去年、そう言ってただろ」
「あれは、先輩としてって……つーかいきなり何なんスか」
「先輩として、な」

一歩ずつゆっくりと俺との距離を詰めてくる宮地さんと水道の間に挟まれて動けず、思わず視線を逸らした。

「逸らすな」

くい、と顎に宮地さんの指がかかり、強制的に視界いっぱいに宮地さんの顔がうつる。

「お前はあん時、自分の傷を最小限にするために冗談にしたんだろ」
「は、…じゃあ本気っつったらどうなんスか。気持ち悪ぃって思うんだろ!」
「思わねえよ」

あまりにもきっぱりと否定されて、同時に期待してしまった自分に嫌気が差した。宮地さんの手を振り払って俯く。
やばい、泣くとか、それこそ駄目だろ。

「なんなんだよほんと…期待させて落とす気なんスか?宮地さん性格悪すぎ」
「あぁ?轢くぞ、お前。つか期待しとけ」
「は、何言って、」
「好きだ」

時が止まった。
蝉のなきごえが五月蝿いくらいに耳に響く。

「なんとか言えよ、高尾」
「…今更すぎっしょ」
「卒業してから気づいたんだよ。文句あんのか」

どうせ、お前、俺のこと好きだろ。




碧夏


(20131005 修正)