複数の明るい笑い声が耳に届いてそちらを見ると、比較的よく話すクラスの女子たちが、「えー」だとか「やだー」だとか言いながらも盛り上がっていた。視線に気づいたそのうちのひとりが「高尾くーん」と少し高くした声で自分を呼ぶのを拒否する理由もなく、椅子から立ち上がってグループに足を向ける。

「なになにー?」
「ねえねえ高尾くん、『熱中症』ってゆっくり言ってみて!」
「熱中症?」

はてと首を傾げると、ゆっくりだよ!と笑いながら指摘された。

「ねっちゅうしょう」
「もっとゆっくり!」

十分ゆっくり言ったつもりだったがまだ足りなかったらしく、やたらとテンションの高い彼女たちが何か期待する目を向けてくるものだから頭の中でさらにスローで言うと、彼女たちが俺に言わせようとしていることがわかってしまい思わず笑いが漏れた。

「そーゆーこと」
「あ、わかっちゃった?」

どうやら彼氏持ちのひとりが実際に彼氏にやってみたようで、それが恋バナ大好きな彼女たちの話のネタになっていたようだ。
これが今日の午前中の休み時間の話。
部活終わりに自主練をしているときにその話をふと思い出した。体育館には俺と宮地さんしかいない。少し前まで緑間もいたが、用事があるとかで帰ってしまった。好都合だけど。

「宮地さーん」
「あ?」

バスケットボールが綺麗にゴールに入るのを眺めてから視線を宮地さんに向ける。俺は今、悪戯を思いついた子どものように結構わくわくしている。宮地さんがどんな反応をしてくれるかものすごく興味があるのだ。

「『熱中症』ってゆっくり言ってください」
「なんだよいきなり」
「いいからいいから。ね?」

眉間に皺が刻まれて訝しげな視線を向けられる。対していつもの笑顔の俺に宮地さんはため息を吐いて、「ねっちゅうしょう」と休み時間の自分と同じくらいの速さで言った。

「もうちょいゆっくりで!」
「はあ?」
「ね、お願い、宮地さん」

傍まで寄って宮地さんを見上げると、また長いため息を吐かれたが結局は口にしてくれることを知っている。言うことは怖いくせに実際は優しいことを、そこまで長い付き合いではなくても普段一緒にいることが多い人は誰もが分かっている。もちろん、俺も。

「……ね っ ち ゅ う し よ う」
「はい、いいっスよ」

笑いをこらえながらの返事に舌打ちされた。頭の良い宮地さんのことだ、ちゃんとネタが分かっていて言ってくれたに決まってる。本当にどこまでも優しいというか…甘い人だ。

「ほんとにするぞ」
「大歓迎!」
「ムードねえな」
「えー…じゃあ…」

してくれないんスか?
宮地さんのユニフォームをちょいと掴んで上目遣い。元々大きめの瞳が少しだけ見開かれた。

「お前あざとい」
「へへっ」
「目閉じろよ」
「はーい」

視界が暗くなると同時に後頭部に宮地さんの大きな手が添えられて、唇に宮地さんのそれが合わさった。最初は触れるように、それから段々と深いものになって、頭の芯がとけるような、そんな感覚がはしった。
ふたりの唇が離れたときにはお互い少しだけ息が乱れていて、ぐいと手の甲で口元についたどちらのものかわからない唾液を拭う宮地さんがやけに色っぽく映った。

「……帰るか」
「えええ続きは?」
「知るか!轢くぞアホ!」

さっきまでの雰囲気はどこへ行ったのか。すっかり普段の空気に戻ってしまったことに不満を感じつつもボールを片付け始めた宮地さんに続いて一緒に片付けに入る。また今度、その時はどちらかの部屋で。同じことを宮地さんも考えていたなんて知るはずもなかった。