大学受験も無事終わった3月上旬。母校に顔を出した後に、伊月との待ち合わせ場所である誠凛の校門前まで足を運ぶ。騒がしい方の鳥目の後輩には一緒に帰りましょうよーと散々纏わりつかれたけど、パイナップル投げるっつって黙らせてきた。いや、相変わらずだ何だ言って笑って余計うるさくなったただけか。こっちからしてみればお前も相変わらずだっての。
待ち合わせ場所に着いて、到着したことを伝えるためにメールを打とうとしたら丁度、敷地内から見慣れた姿がこっちに向かってくるのが見えた。ナイスタイミング、と思いつつ何もせずに携帯をポケットにしまう。伊月も俺がいるのに気付いたのか、走ってこっちに向かってくる。


「宮地さんすいません、待ちました?」
「いや、丁度ついたところだ。お前こそそんな急いで来なくてもいいっていつも言ってんだろ」


練習後に待ち合わせて、先に俺が場所に着いてると必ず伊月は急いで来る。メールでも口でも急がなくていいって毎回言ってるにも関わらず、だ。その度にこいつは「先輩のこと待たせるなんて申し訳ないですから」って少しだけ困ったように笑う。別にそんなこと気にしねえのに。(うちのくそ生意気な後輩共は別。むしろ申し訳ないと思ってる伊月の爪の垢煎じて飲ませたいくらいだ)
今回ももはやテンプレとも言えるその言葉が出てくるんだろうと思って、それを聞いたら、俺もテンプレ化してる返答を投げつけようとしていた。


「いえ、あの、でも」
「あ?なんだよ」
「俺が宮地さんに早く会いたいって思ってるだけなんで…気にしないでくださ、…い」
「いやだから気にすんなって轢………………は?」


いまこいつ、なんていった?

早く会いたい?早く会いたいって誰に?宮地さん、って俺だよな?は、なにいってんのこいつ?だっていつも待たせるの申し訳ないってそれだけしか言わなかったじゃねえか、なんなの、なんなのこいつ。今さらそういうこというとかふざけんな轢く。


伊月の口からいつもとは明らかに違う言葉が飛び出したことを理解したのは、テンプレ通りの台詞をほぼ言い終えた後で。さらにその言葉自体を理解するまでに数秒かかった。理解したけど頭の中は混乱なう、だ。
意味を多分理解してから発言の主を見ると、中々見ることのできない赤面具合と、“やってしまった”とでもいうかのように口を押さえている様子が目に写った。俺も言うべき言葉が見つからずに立ち尽くして、伊月はしばらく視線を彷徨わせていた。


「えっ…と……、すいません気持ち悪いですよねほんとすいません帰りますさっきの忘れてくださいっ」
「…待て待て待て逃げんな」


かと思えば、走ってこの場から去ろうとした伊月の腕を掴んで引き留める。言い逃げとかいい度胸してるじゃねえか。むしろまだ何にも言ってねえのに逃げようとすんなバカが。


「い、言いました轢くって」
「お前がいつも待たせるの申し訳ないうんぬん言うから、今回もそうだと思っていつも通り返そうとしただけだっての。だいたい会話繋がってねえだろちゃんと聞け轢くぞ」
「う…で、でも宮地さんだってちゃんと聞いてないじゃないですか!」
「俺は変化球に対応できなかっただけだ!」


もう何回も、それこそ何十回もほぼ同じ台詞をほぼ同じ表情で言ってきたのが今さら変わるとか思うか?思わないだろ。


「で、」


さっきのどういう意味か教えてくれるよな、伊月?

掴んでた腕を引っ張ってぐっと顔を近付けて問えば、元から赤かった伊月の顔はさらに真っ赤になった。(こういうのゆでダコっていうんだろうな)照れてんのかテンパってんのか、普段は冷静であまり動じない伊月の顔が、赤いし視線はぐるぐる彷徨っているしで、落ち着きがなくておもしろい。
普段中々見れることのない表情を楽しみつつも、伊月?ともう一度問いかければ、さらに赤く―――はならなかったが、絶対わかってますよね…と小さく呟く声が聞こえた。さあな?と返事を返す。と、キッと効果音が付くような感じで睨んでくるが怖くない。むしろかわいい。お前それ上目遣いになってるって気付いてるか?気付いててやっててもかわいいから許すが。まあそんなこと考えてる余裕もないだろうけど。


「…なんでそんなに意地悪なんですか」
「先輩の質問に答えられないってか?ん?」
「なんでそうなるんですかっ。というかそれただの脅しですよね?!」
「10秒以内に答えられなかったら轢くか埋めるか刺すかパイナップル投げるかどれがいい?」
「人の話を聞いてください!…あーもう…」



「どういう意味も何もそのままの意味ですよ…宮地さんならわかりますよね?」


わからないとは言わせませんよ、とでも言うような、若干拗ねたような、そんな目を向けられて思わず苦笑いをこぼしてしまう。
いじりすぎた、悪い。ポンポンと軽く頭を叩けば、別にいいです、とちっともそんなこと思ってなさそうな声色で言うから、余計に苦笑い。


「お前がいつもと違っておもしろかったからいじめたくなったんだよ、許せ」
「いやそれ結構ひどくないですか?」
「んで、俺からお前に一言言うとすれば」
「だから人の話聞いてくださいって…」


「早く会いたいと思ってんのがお前だけだと思うなよ、埋めんぞ」